2005.10.15

共謀罪いよいよ審議入り

 話し合っただけで罪となる共謀罪導入についての審議が始まりました。
 その前夜、日弁連主催の共謀罪反対集会があり、参加してきました。
 そこで、社民党の法務委員、保坂展人氏が共謀罪の審議入りを伝えた。

 集会の様子は、
 http://incidents.cocolog-nifty.com/the_incidents/2005/10/post_1bb8.html
 
 参考ブログ 
    ↓
 http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/bafe6e3cd0472a24720d5da637eac2d3


 共謀罪は、国連越境犯罪条約の批准のために、国内法を整備する必要性から出て来たものです。たしかに、国際犯罪を未然に防止することは大切なことでもあります。しかし、この共謀罪の導入は、話し合っただけで罪となるもので、近代刑法の理念を根本から覆します。近代刑法は、話し合っただけで罪となるものは限定されていて、例外的な扱いです。そして原則的には着手した段階で罪となりますが、この導入されようとしている共謀罪は、「長期四年以上の罪」が対象ですので、600以上の罪に適用されます。

 そもそも、この共謀罪は、条約の批准による必要性からの提案です。だとすれば、条約の趣旨にある、「越境性」「組織性」を考えなければなりません。国際組織犯罪の未然防止策なのですから。ただ、法案にはその「越境性」も「組織性」も定義がありません。しかし、そうだとしても、日本政府は、条約の審議過程では、「我が国の刑法体系に合わない」と主張していたそうです(日弁連の弁護士の発言)。しかし、国内向けには、条約の審議過程を明らかにしておらず、情報公開請求したときにも、重要部分は墨塗りだったということです。そして、国内の刑法体系に無理矢理入れようとしているのです。

 また、監視と共謀は仲が良いらしい。たしかに、共謀罪を立証するためには、共謀した証拠が必要になります。その証拠を集める手段は、盗聴とおとり、スパイが必要です。そのため、共謀罪にからんで、電子メールの保全も押収令状のみで差し押さえることができるようにする改正案もあります。これは欧州評議会で採択されたサイバー犯罪条約の批准に絡む法改正ですが、プライバシー侵害を懸念し、先進国はどこも批准していません。にもかかわらず、日本政府は積極的に批准しようという姿勢です。

 そういえば、コンビニのカメラは「防犯カメラ」ですが、最近では警察の申し出により、コンビニの外に向けてカメラが向いているそうです。もやはや、防犯カメラではなく、「監視カメラ」の代用として機能しているそうです。街頭の中の監視カメラとともに、もし、あのカメラで誰かと誰かが話している様子があり、そこで、相手方が「殺人の相談をしていました。とても冗談だとは思えず、真剣だと思ったのです」と証言でもすれば、共謀罪の可能性がでてきます。ちなみに、共謀罪立証のため、自首したひとは免責されるので、こうしたスパイ的な密告も奨励されるでしょうね(これは冗談だと思われがちですが、殺人の「共謀共同正犯」、つまり、話し合った共犯に問われ、証拠はないが、自供だけで罪となったケースもあるのです)。

 審議初日。興味深いやりとりがありました。
 柴山昌彦(自民)が、事例をもちいて、質問していました。

 「会社で、あまり顔を知らないOL2人が『万引きクラブ』をつくり、相談をした場合は、どうか?」

刑事局長答弁

 「(個別バラバラに万引きをする)対等な二人である場合は、共謀罪は成立しない」

柴山質問

 「役割分担した場合はどうか?」

局長答弁

 「該当する場合もある」

質問

 「中止した場合はどうか?」

答弁

 「中止犯の規定はない」

 つまり、犯罪の相談でも、個別的な相談であれば、共謀罪ではなく、2人以上の「団体」が一体となっての犯罪行為の相談であれば、共謀罪が適用されるということです。しかも「中止」したとしても、共謀罪が成立するというのです。


 こうしたことは、監視社会への道に入ってきます。共謀罪が導入されれば、盗聴法も改正される可能性もあるでしょう。現在では認められていないメール盗聴もされる可能性がでてきます。ネット・ユーザーにとっては危ない状態とも言えます。盗聴法による盗聴は、事前通告はもちろんありませんので、知らない間にやりとりが見られてしまいます(とはいっても、現実的には違法を承知で盗聴されたら、ひとたまりもありません。ただ、その場合は裁判上の証拠にはなりませんが)。

 共謀罪の導入は、監視社会を是とするか、非とするか。その選択とも言えます。郵政選挙の影で、こうした是非も実は問われていたのです。

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2005.04.18

引きずりながらも、過去を「保留」すべき

 ある左翼系のNGOの集会に行ってきました。私は左翼そのものは好きだし、自身も政治的には左翼だと思っています。しかし、好きな左翼団体が日本にない。だから、新しい動きがあるとなぜか期待してしまいます。

 さて、その集会でひとつ気になったことがあります。それはどのように連帯するのか。どのように、誰とネットワークを結ぶのか、ということです。当然、かつての運動をしていた活動家たちが、新しい運動をするときに、過去にどのように分裂、決裂、ときには殺し合い(内ゲバ)もあったでしょう。そうしたことを引きずらないといえば、嘘になるでしょう。

 しかし、考えてみればわかるように、現状の日本で、左翼は圧倒的に少数派です。左翼内で分裂してしまえば、ネットワークは小さなものになっていくことは明白です。できるだけ広範囲なネットワークにするためには、過去を過去として「一時期あったこと」として、現在においては「保留」してしまってもいいのではないでしょうか。というよりも、「保留」すべきでしょう。

 誰と手を結ぶのか。AとBは仲が悪い、としましょう。そのとき、ネットワーク組織はどうあるべきでしょうか。A団体と仲良くしたいので、B団体とは手を組めない、となってもよいのでしょうか?ネットワーク組織は、両者の包括した形がもっともよいと思います。でなければ、一方が持っているネットワークを永遠に取り込むことは不可能です。そのようにしていけば、結局は広がりを見ません。これはネットワークの広がりを重視せず、ネットワークの人脈を重視した立場でしょう。もちろん、自体状況によって、どちらを重視すべきかは変わってきます。また、実際のどうできるかは、リーダーの質によっても変わってきます。

 こうしたネットワーク運動にかつて幾度か関わったことがあります。一度目は学生時代です。私の大学では、いわゆる社会科学系サークルの衰退期が始まりかけていました。そこで、これまでセクト(政治党派)間の対立を前提したサークルをしていたら、すべてが共倒れになることが予測がついていました。しかしながら、過去の経緯を清算して、いきなりそのサークルを仲良くはできません。そこで、個人の資格で参加できるフォーラム形式でサークルをつくり、ノンセクト(政治党派に参加してない)な私が代表をしました。年に一度、イベントするためのサークルでしたが、そのために、かつて対立していたセクト間の心理的な障壁は徐々に崩壊していきました。

 学生の場合は、過去を引きづった先輩方たちは卒業していくものです。そのため、現役の学生たちがどのようにすべきかまでを影響力を行使できません。しかし、社会人の場合、卒業がありません。そのため、過去を引きづろうと思えば、いくらでも引きづってしまいます。数年前、ある運動にかかわりました。それは、セクト間対立を保留して、目の前の一致点で一緒にやっていく方法論でした。一時期はうまく行きました。しかし、このときはリーダーの問題が大きく、どちらが悪いかは一概に判断できません(柔軟性がないという意味では、ネットワーク組織のリーダーとしてはどちらもダメだったということでしょう)が、結局は分裂してしまいました。そして、今回の集会に参加したネットワーク組織も、柔軟性はありません。

 左翼運動が盛んだった時代がかつてありました。そのときもバラバラでしたが、一定の勢力を誇っていたために、地方自治体レベルでは、「革新自治体」が数多く誕生しました。しかし、そのときでも、国政レベルでは、ずっと自民党の多数が続きました。
 そうした時代でも、「多数派」を構築できなかったわけです。過去を保留しないかいぎり、左翼的運動はバラバラ、分裂的になっていき、念願に感じている、社会的、政治的な「多数派」にはなれないことでしょう。そして、そのような体質を感じたとき、特に過去を知らない若い世代ほど、違和感を抱くことでしょう。
 思想的に、あるいは過去の運動論的には「対立」してもかまいません。しかし、政治的には「保留」しないかぎり、ネットワーク組織それ自体の意味がなくなり、結局は、ネットワーク組織ではなく、一セクトのシンパをつくるだけのような気がします。

 

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