2005.01.24

「有害」情報へのフィルタリングをする条例改正への疑問

 インターネット上の「有害」情報からのフィルタリング対策として、都条例を改正して、プロバイダーや保護者への努力義務を課すことにしようと、都青少年問題協議会が答申を出した。

http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/index9.htm

私は、この答申に疑問を感じる。

 まず第一に、18歳未満の一律規制は、おかしいのではないかと思う。小学生と高校生とが同じような規制を受ける合理的な理由はどこにあるのか。単に情報にふたをするようなやり方は、結果的に、闇に潜ることになるのではないか。規制するとしても、年齢に応じた規制であるべきだ。この規制は、何歳を前提においているのか。すでにプロバイダや検索エンジンでは、キッズ用のページを設けているところが多い。そのページでは、小学生が前提になっていると思われる。そのキッズ用を中学生や高校生も窓口とするのか。もし、そうであれば、簡単に飽きてしまい、フィルタリングをくぐり抜けてしまうだろう。

 第2に、なにを「有害」とするのか。「有害」図書規制のときも、そうであるが、有害情報となった場合、理由の明示がされない。誰がなぜ、その情報を「有害」と判断したのか。その思考過程を明らかにするべきではないか (条例の施行規則では、大まかな概念で明示はされている)。よって、この条例改正でも、同じような問題が起きるだろう。

東京都青少年の健全な育成に関する条例施行規則
 (指定図書類、指定映画等の基準)

第15条 条例第8条第1項第1号の東京都規則で定める基準は、次の各号に掲げる種別に応じ、当該各号に定めるものとする。

一) 著しく性的感情を刺激するもの 次のいずれかに該当するものであること。

イ 全裸若しくは半裸又はこれらに近い状態の姿態を描写することにより、卑わいな感じを与え、又は人格を否定する性的行為を容易に連想させるものであること。

ロ 性的行為を露骨に描写し、又は表現することにより、卑わいな感じを与え、又は人格を否定する性的行為を容易に連想させるものであること。

ハ 電磁的記録媒体に記録されたプログラムを電子計算機等を用いて実行することにより、人に卑わいな行為を擬似的に体験させるものであること。

ニ イからハまでに掲げるもののほか、その描写又は表現がこれらの基準に該当するものと同程度に卑わいな感じを与え、又は人格を否定する性的行為を容易に連想させるものであること。

二) 甚だしく残虐性を助長するもの 次のいずれかに該当するものであること。

イ 暴力を不当に賛美するように表現しているものであること。

ロ 残虐な殺人、傷害、暴行、処刑等の場面又は殺傷による肉体的苦痛若しくは言語等による精神的苦痛を刺激的に描写し、又は表現しているものであること。

ハ 電磁的記録媒体に記録されたプログラムを電子計算機等を用いて実行することにより、人に残虐な行為を擬似的に体験させるものであること。

ニ イからハまでに掲げるもののほか、その描写又は表現がこれらの基準に該当するものと同程度に残虐性を助長するものであること。

三) 著しく自殺又は犯罪を誘発するもの 次のいずれかに該当するものであること。

イ 自殺又は刑罰法規に触れる行為を賛美し、又はこれらの行為の実行を勧め、若しくはそそのかすような表現をしたものであること。

ロ 自殺又は刑罰法規に触れる行為の手段を、模倣できるように詳細に、又は具体的に描写し、又は表現したものであること。

ハ 電磁的記録媒体に記録されたプログラムを電子計算機等を用いて実行することにより、人に刑罰法規に触れる行為を擬似的に体験させるものであること。

 


 第3に、条例の審議過程が、子どもの権利条約の「意見表明権」に反する。

 第12条

1 締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。

2 このため、児童は、特に、自己に影響を及ぼすあらゆる司法上及び行政上の手続において、国内法の手続規則に合致する方法により直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられる。

外務省訳

 「自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利」があるにもかかわらず、審議過程では、パブリックコメントのみへの参加であることが不十分ではないか。これは、「出会い系規制法」や「深夜徘徊禁止規定」のときでも同じであった。

 第4に、「有害情報への対応とメディア・リテラシーの育成」の項目を取り上げたことは評価に値するであろう。その中で、「子どもの選択権を十分尊重したうえで、親子の合意のもとに選択すべき」というのは、まさり理念的には正しいのかもしれない。しかし、「インターネットの利用に関する健全な判断能力を図るため、インタ−ネット利用に伴う危険性、および過度の利用による弊害等について、青少年に対し教育を努めることを条例で定める必要がある」と、ネット利用のネガティヴな側面だけに注目をしているのは、「規制ありき」のような気がしてならない。
 そもそも、こうしたメディアリテラシーは、前提としてまず「知る権利」と「表現の自由」がある。その上で、見たくないものをゾーニングすることをすべきだ。
 そもそも、警察庁の「有害情報」の概念では、
 1) 一般に有害と考えられるもので、ポルノ、暴力、残虐、自殺、いじめ、カルト、極端な思想、差別、誹謗中傷等を内容とするものだが、内容や受信者の年齢等の属性、地域性によって有害の捉え方の程度が異なる。
 2) それ自体は有害ではないが、使い方によって有害とされる。「出会い系サイト」に利用されている掲示板・チャット等は、本来の機能は有害とは言えないが、その使い方により児童買春の被害が生じるなど利用方法により有害になり得る。
 3) 中立的な立場からコンテンツを提供しているが、受信者の属性、捉え方によって有害   となるもの。性、薬物、危険物等について情報を提供するもの
 となっている。
 いずれにしても、18歳未満の一律規制はおかしいのではないか。

 たしかに、子どもの権利条約17条では、有害情報からの保護規定がある。しかし、それは、マスメディアへのアクセス権、つまり知る権利の派生として位置づけられている。さらに、12条の「意見表明権」との整合性から鑑みれば、少なくとも、行政が「有害」概念を一方的に押し付けることは望ましくはない。

 第17条

 締約国は、大衆媒体(マス・メディア)の果たす重要な機能を認め、児童が国の内外の多様な情報源からの情報及び資料、特に児童の社会面、精神面及び道徳面の福祉並びに心身の健康の促進を目的とした情報及び資料を利用することができることを確保する。このため、締約国は、

(a) 児童にとって社会面及び文化面において有益であり、かつ、第29条の精神に沿う情報及び資料を大衆媒体(マス・メディア)が普及させるよう奨励する。
(b) 国の内外の多様な情報源(文化的にも多様な情報源を含む。)からの情報及び資料の作成、交換及び普及における国際協力を奨励する。
(c) 児童用書籍の作成及び普及を奨励する。
(d) 少数集団に属し又は原住民である児童の言語上の必要性について大衆媒体(マス・メディア)が特に考慮するよう奨励する。
(e) 第13条及び次条の規定に留意して、児童の福祉に有害な情報及び資料から児童を保護するための適当な指針を発展させることを奨励する。

 インタ−ネット発祥の地アメリカでもこの問題は課題となってるが、有害情報の発信規制などを目的とした「児童オンライン保護法」が、表現の自由、知る権利などの問題があり、現在は執行停止となっている。こうした問題を法に頼ることは、原則的になじまない。
 仮に、法規制するのなら、社会政策の問題として、たとえば「ネットがあったから犯罪や自殺に至った」数よりも、「ネットがあったから犯罪や自殺に至らなかった」数のほうが少ないと言える状況で、ネットを規制しようというのなら説得力はある。その場合でも、「ネットがあったから犯罪や自殺に至らなかった」数を、ネット規制では救えないことをリスクとして行政は負うべきであろう。そうした覚悟はまったく感じられない。
 おそらく、ネット心中では保健所や病院の「一酸化炭素中毒への注意の呼びかけ」などが参考になっていることなどを行政側は知らない。何が有害なのかは、ユーザーによって変わるのだ。


ネット有害情報を阻止 都が青少年条例改正へ

 18歳未満の少年少女をインターネットの有害情報から守るため、プロバイダー(接続業者)はフィルタリング(情報選別)のサービスを提供、保護者はそれを子供に利用させる努力義務規定を条例化するよう、東京都青少年問題協議会が24日、石原慎太郎知事に答申した。
 フィルタリング導入を保護者にも求める条例規定は全国で初めてという。都は、2月下旬に開会する定例議会に都青少年健全育成条例改正案を提出、成立後は携帯電話会社を含む都内のプロバイダーに協力を求める方針だ。
(共同通信) - 1月24日17時20分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050124-00000137-kyodo-soci

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2004.03.31

子どもの権利条約批准10周年記念シンポジウム

 子どもの権利条約を日本が批准して今年が10周年。3月29日に東京都渋谷区青山の国連大学で、外務省とユニセフの主催で記念シンポジウムがありました。その中で、SMAPの草なぎ剛が、「僕の見た日本の子ども」と題して講演会を行った。これがニュースやワイドショーで話題となり、取り上げられました。
 草なぎは、心の病に苦しむ女の子の手紙のやり取りを紹介。子どもたちと大人である自分が励まし合っていることを話した。しかし、「子どもの権利」という言葉は一言も使わなかった。その意味では、彼自身、子どもの権利条約の広報マンとしての役割を果たせていなかったということになろう。
 なぜ、講演に草なぎを起用したのか。主催者側からすれば、広報の一環なのだろう。たしかに、国連大学で、しかも、初めての講演会をする草なぎとなれば、それだけでニュース性はある。案の定、ニュースやワイドショーで取り上げられ、その意味では成功なのかもしれない。しかし、子どもの権利条約を知らしめるという意味ではどうだったのだろうか。条約の名前を知らしめたことはできても、内容までは知らしめたことにはならないことは明らかだろう。主催者は何をしたいのか。「批准10周年」という誕生日だったということだけにすぎないのかもしれない。

 子どもの権利条約とは何だろうか。子どもの権利宣言を条約化したものであるが、そもそもは2度にわたる世界大戦を経て、子どもたちが犠牲になった反省から出来上がったものだ。そして、生存権や発達保障、教育権、表現の自由など大人と同様の権利を明文化したばかりか、子ども特有の権利としての意見表明権、非行少年を大人の犯罪者と同様に罰しないことなどが含まれている。日本がこの条約になかなか署名、批准しなかったのは、条約は発展途上国の問題であり、先進国である日本に子どもの権利侵害はないという認識が続いてきたためだった。ちなみに、アメリカとソマリアが批准していない

 ただ、認識は批准10周年でもあまり変わっていない。国連子どもの権利委員会(CRC)に提出した政府報告書の内容を見てもそれは明らかだ。それは、CRCが日本政府に出した勧告を読めば、そのことが指摘されていることが分かるだろう(なお、現段階で、日本政府訳はインターネットにはアップされていない)。

 今回のシンポジウムは特に新しい内容はなかった。また、論争がある問題をあえて避けた雰囲気もあった(たとえば、児童ポルノ規制問題<実際の被害者がいない漫画のポルノや、子どもにみえるポルノは規制すべきかどうかという問題、児童ポルノの単純所持問題など>)。しかしながら、ノルウェーの子どもの権利オンブズマン代表のトロンド・ワーゲ氏の話は参考になった。司法・行政・立法だけでなく、NGOや民間企業もモニターをしていることは、国内の子ども行政のチェック機能のひとつとしての存在感を示しているのだろう。一方、CRCからは、国家権限の地方移譲が進む中で、包括的なモニタリングができるのかどうかが指摘されたという。日本では子ども行政の統括機関がなく、モニタリングもしていない現状を考えれば、課題としてはランクが高いと思えた。
 

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2003.12.09

「青少年育成施策大綱」が決定

 12月9日の閣議後に開かれた「青少年育成推進本部」で、「青少年育成施策大綱」が決定されました。

 青少年健全育成ホームページ
http://www8.cao.go.jp/youth/index.html
 青少年育成施策大綱(平成15年12月9日推進本部決定)(PDF形式)
http://www8.cao.go.jp/youth/suisin/yhonbu/taikou.pdf

 基本理念で、
 1)現在の生活の充実と将来への成長の両面を支援
 2)大人社会の見直しと青少年の適応の両方が必要
 3)すべての組織及び個人の取り組みが必要
 となっていて、これまでの姿勢よりも進歩したように感じます。

 個別問題でも大枠では、これまでの施策を繰り返し述べているものが多いですが、少年事件での、触法少年(14歳未満で刑罰法令に触れた少年)への加罰化の検討が組み込まれました。
 また、心の問題についても、専門機関等における相談の充実がうたわれていますが、専門機関だけで任せられるのか。「心の専門家はいらない」という本を書かれた小沢牧子さんの視点とはずれています。たしかに専門家は必要な面はありますが、隔離・選別的な扱いになる危険もあるため、専門家任せはよくないとは思うのですが。
 さらに、有害環境については、さらなる取り締まりが強調されていますが、有害の基準があいまいであることは、これまでとかわりません。

 みなさんはこの大綱をどう読むでしょうか?
 わたしは、一歩前進・一歩後退ではないか、と思うわけです。将来のために我慢せよ、のような未来だけのために現在を犠牲にする姿勢は基本理念ではなくなった面は評価すべきだと思っています。しかし、大綱にあるような触法少年の加罰化や心の問題の扱いは、ノーマルではない青少年の扱いを、社会から排除してしまいがちな面があるからです。インクルージョンの姿勢=ノーマルではない青少年も社会の中で包み込み=が希薄と思ってしまいます。

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東京都青少年健全育成条例改定に反対する署名

  私の呼びかけ人の1人となっている、「東京都青少年健全育成条例改定に反対する署名」に関するWebサイトが開設されています。
 http://www.savemanga.com/

 メルマガがでも何度か触れましたが、東京都が緊急提言をしています。その提言に沿った条例改正の動きとなっていて、「不健全図書」の認定制度に関して、これまでより厳しく、性描写の比率などで「不健全図書」と決定してしまう「包括指定制度」や、現場判断で認定できる「緊急指定制度」の導入を考えているようです。出版物が大きく規制されるのは間違いありません。


東京都議会文教委員会における「青少年健全育成条例」についての提言
http://hp1.cyberstation.ne.jp/straycat/watch/data/kisei/tokyo.htm

東京都議会 平成15年第3回定例会 9月25日 代表質問 〔大西 英男議員〕(全文)
http://www.gikai.metro.tokyo.jp/gijiroku/honkaigi/2003-3/d5133211.htm

東京都の役人が、規制を強化する旨を発言した■平成15年第3回定例会〔速報版〕9月25日代表質問〔大西英男議員〕抜粋。
http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/news/648/1066924612/2-8

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2003.12.06

東京都の緊急提言について 2

 前々回に引き続き、東京都の「緊急提言」について考えてみる。

 「1ー(3)虐待を受けている子ども等への対応」では、「虐待に至らなくても、家族の機能の崩壊している家庭の子どもには居場所がな」い。そのため、「そのような虐待や家庭崩壊を社会が早期に発見し、社会全体で適切に対処・支援していく」必要性を訴えている。
 この「緊急提言」は、以前にも述べたように、犯罪予防が前提となってる。つまり、虐待や家庭崩壊を早期に発見し、適切な対処をしていけば、非行にも走らないということを指摘している。提言の中で、虐待や家庭崩壊と非行の因果関係について、詳細なデータが示されているわけではない。また何をもって家庭崩壊とするのかは、非常に曖昧である。
 たしかに、虐待や家庭崩壊があれば、非行に走るかもしれない、という指摘は、印象としてはあるだろう。また、非行の裏には、そうした虐待や家庭崩壊による心理的な不安はあるかもしれない。しかし、非行少年の生活歴をたどったときに、そうした家庭の状況はあるだろうが、虐待や家庭崩壊があれば、非行に走るという因果関係は、生活歴をたどっただけでは証明されない。
 「家族さえきちんとしていれば」
 という以前の、アダルトチルドレン・ブームでも指摘されていた「よき家族」を求める社会全体のムードが、むしろ、プレッシャーになっているのではないか、と私は考えている。「よき家族」を求めるが、実態としてはそうではない状況があったとき、社会的要請である「よき家族」に適応しようとさらなる心理的な圧力がかかる。
 「よき家族たれ」。そうした発想自体が「よき家族」ではない人々に負い目を感じさせるのではないか、と私は考える。ただ、その「よき家族たれ」という発想を、100歩譲ったとして、提言でなされている行政的な対応は、これまでとほとんど変化はない。しかも、虐待というほどではない家庭崩壊の状況を、どのように、だれが判断するのか。仮に判断できた場合、ただちに生命の危機がなく、一時保護ほどまでの処置をとらない場合、どのようにケースワークできるのか。実際にはそうしたグレーゾーンは大いにかかわらず、現場感覚の対策は記述されることはない。
 そして、結局は、対処療法というか、罰則強化に乗り出すしかないのか。深夜徘徊の防止の項目があるが、都では、深夜徘徊をした子どもの親に罰金を科す条例改正を検討中だ。このような罰則化で、少年非行が防止できるのか。ますますストレスが溜まっていくだけではないのか。家庭が安心できないから深夜徘徊している子どもにとっては、安心できない家庭に居ざるを得なくなる。本末転倒な対策ではないのか。ぐ犯少年の送致の拡大も提言してい
る。ぐ犯少年とは、罪をまだ犯したわけではなく、罪を犯しそうな少年であるが、そうした少年の送検を拡大することは、子どもを信用してないことを表明することにほかならない。そうした処置は、大人と子どもの信頼関係を壊すことになりかねないのではないか。

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東京都の緊急提言について 

少年犯罪の多発、凶悪化、被害にあう少年の増加ーなどを理由に、東京都が「緊急提言〜子どもを犯罪に巻き込まないための方策」を発表した。作成したのは、「子どもを犯罪に巻き込まないための方策を提言する会」(座長・前田雅英東京都立大学教授)だ。

 http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2003/10/20da3401.htm

 こうした提言は、犯罪を予防するうえで必要な提言であるかのように思える。しかし内容を見てみると、お粗末であると言わざるを得ない。そればかりか、治安色が濃く、子どもの権利の視点はほとんどない。子どもの権利と治安は、表面的に対立することや場合によっては権利の制限がありえなくもない。しかし、原則的には、対立しないもの
であると思う。そればかりか、権利が制限されたり、人権侵害を受けた子どもが、治安を脅かす側面もあるだろう。そうしたことをふまえない提言は、一面的であると思われる。

 問題と思われる箇所は、まず、「はじめに」にある。
 「子どもはみな、健全に伸びる力、自律していく力をもっている」
 とある。一見、子どもを信じている大人という印象を受けるのだが、この緊急提言は「治安」が前提である。犯罪をおかさないことが「健全」ということなのだろう。しかし、犯罪は時代に応じ、法律によって作られる面がある。たとえば、「出会い系サイト」への、援助交際の誘いの書き込みをしただけでも犯罪というのは、まさに、時代がつくり出した。なにが健全なのか。結局、社会の都合の枠組みの中で、大人の言いなりに育つ「良い子」に育つのが「健全」なのだろうか。もし、そうであるならば、このような視点で、「心の叫び」を聞く事ができるのだろうか。

 さらに、「1、子どもを犯罪に巻き込まないために」では、「1ー(1) 子どもに対する非行・犯罪の被害防止教育の強化等」において、「(インターネットや携帯電話などの)新しいメディアは、現実社会と仮想社会の区別がつかなくなってしまう…」とある。そもそも、ここでいう仮想というは、バーチャルのことだろう。
 学問的に間違っています。都立大の学者が座長を務めている割にはあさはかです。 バーチャルは、修士論文での、この言葉の概念は扱いましたが、まったくの仮想というよりは、現実とパラレルに存在するものです。この提言では、定義自体がおかしい。
 さらに、区別が付かないと言っていますが、そもそも、区別が付かないという類いのものでしょうか。たとえば、電子メールは、それ自体が仮想なのか。携帯電話での会話は仮想なのでしょうか。そうした発想は、テレビが誕生したときの議論にも似ている。
 万が一、区別が付くことが必要であったにしても、子ども時代は、物思いにふけり、仮想社会を楽しむことがよくあることです。それはメディアのせいではない。 こうしたことは、単に、インターネットや携帯電話というメディアそのものの問題ではない。漫画も、テレビも、映画も、すべて、物思いにふける材料になりえる。この提言では、まさにそうした行為を危険視していないだろうか。
 新しいメディアの誕生は、現実と仮想の区別がなくなるといった問題ではなく、そのメディアを使ったコミュニケーションスキルの向上や、メディアリテラシー教育で補っていくべき問題であるように思う。

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